TBC第1戦&森下さん送別会(その2)

最終更新日2012/03/13
 二レース目では、今回でCAVOKでの活動に一区切りをつける森下さんがヘルムスマンに。

しかし、残念ながら1レース目から弱まってきた風はスタート後さらに弱まり、上マークに達するまでに艇速1ノット以下に...。日頃、微風の中で神経を尖らせるヘルムス&トリマーを尻目にダウンビローで宴会をおっぱじめることを喜びとする森下さんだが、この日ばかりは、苦虫を百匹ほど噛み潰したような渋い顔で舵を握っていた。
まあ、これも海と風の神様が森下さんに与えた罰だったのだろうか....。

しかし、森下さんのヨットの上での悪行の数々も、若きCAVOKクルーのピュアな心(心底ヨゴレな栗原さんは除く)によって浄化されたのか、上マークを廻航する時には、心地よい風にうまく乗る事ができた。しかもダウンウィンドでは見事な上突破をみせるなど、「舵社の森下健在」を見事にアピールしてくれた。
しかし、残念ながら風はこれ以上吹かず、コース短縮となり、下マークにてフィニッシュ(着2位、修正3位)。

 レース後は恒例のBBQ大会が行われ、14時46分には東日本大震災で亡くなれた方々へ全員で黙祷を捧げた。この日にレースを行うことはかなりの英断であったと思うが、それでもこのようなすばらしいレースを運営していただいた運営の方々に感謝したい。
 また、BBQ後は、舞浜ユーラシアにて、森下さん送別会が開催された。お風呂では、森下さんが徳本さんと赤ちゃんの話をしているのを横で聞いていて時の流れがたつ早さを感じた。正直、私にはまだ森下さんに子どもがいることが信じられない。宴会では、森下さんの両隣にはCAVOKが誇る若き女性二名が陣取り、森下さんの鼻の下は終始3.5cmほど伸びていた(写真参照)。こちらの顔は間違いなく私が昔から知っている森下さんだった。しかもこの日ばかりは多少のセクハラも許されていたようだ(奥様がこれを読まれないことをのぞむ)。また、いつものことであるが、村上さんの銀座仕込みの大人の淫美な世界を醸し出すトークもまた好調だったことは言うまでもない。

 思えば、大学を卒業してからも、葉山のハーバーでフラフラと暮らしていた私に外洋ヨットのイロハを教えてくれたのが森下さんであった。その後、私は、ヨットばかり乗っている人生では自分が駄目になると思い、一度ヨットを離れたが、その時にも常に気にかけてくれていた。そして昨年CAVOKのクルーに誘ってくれた時には、「もう前のような技術も体力もないから不安だ」と弱音を吐く私に、「若者に体力や技術で劣るのはしょうがないが、おまえにはCAVOKのメンバーにはない経験がある」と言ってくれヨット界に復帰するきっかけを作ってくれた。

最近、クルーの中に「バウマンをやってみたい」という人間が多く出てきてうれしい限りである(「あいつには任せられない」が本音だろうが...)。もちろん体力的には若者たちには勝てないのでもうそろそろバウ引退の時が近づいてきたことを実感するのだが、まだまだメンバーの若者たちは外洋の怖さをしらない。船から投げ出される恐怖におびえながら腰まで水に浸かり、吐瀉物にまみれになりながらもセールの張り替えを行う泥臭いバウマンを見た上でそれでもまだ「バウマンをやってみたい」という人間が現れるまでは、まだまだ私のCAVOKでの存在意義はあるのかなと考える。それまでは森下さんが参加の機会を与えてくれたこのすばらしいチームで思う存分楽しみたいと思う。それでは、森下さんRIP。合掌。